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広島地方裁判所 昭和43年(ワ)898号 判決

原告 山本光子

右訴訟代理人弁護士 白川彪夫

被告 吉国和子

被告 吉国弘芳

右法定代理人親権者母 吉国和子

右両名訴訟代理人弁護士 早川義彦

右同 山本敬是

被告 株式会社呉相互銀行

右代表者代表取締役 力石一男

右訴訟代理人弁護士 神田昭二

主文

被告吉国和子、同吉国弘芳は原告に対し別紙目録(一)、(三)記載の各不動産につき広島法務局昭和三三年九月二五日受付第二八三〇二号をもってした同法務局昭和二九年九月一三日受付第二一二九七号所有権移転請求権保全仮登記の抹消登記の回復登記手続をなし、かつ右仮登記に基く本登記手続をせよ。

被告株式会社呉相互銀行は原告が前項の回復登記手続をすることを承諾せよ。

原告の被告株式会社呉相互銀行に対するその余の請求を棄却する。

訴訟費用中、原告と被告吉国和子、同吉国弘芳との間に生じたものは右被告らの負担とし、原告と被告株式会社呉相互銀行との間に生じたものはこれを二分し、その一を原告の負担とし、その余を同被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文第一、第二項と同旨及び被告会社は原告が主文第一項の仮登記に基く本登記手続をすることを承諾せよ。

二  請求の趣旨に対する答弁

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用ほ原告の負担とする。

≪以下事実省略≫

理由

一  請求原因第1項中、軍一が本件(一)、(二)不動産を所有していたこと、同第2項中、本件仮登記がなされたこと、同第3項中、本件仮登記の抹消登記がなされたこと、同第4項中、軍一が死亡し、被告和子、同弘芳が相続したこと、同第5項の根抵当権設定登記がなされたこと、同第6項の換地処分がなされたことはいずれも当事者間に争いがない。

そこでまず、本件死因贈与の成否について検討するのに、≪証拠省略≫を総合すると、次のとおり認められる。

軍一は、原告の母方の祖父吉国角次の妹である吉国ミカの子であり、原告の母十河タミヨの妹イサミと結婚していたが、子供がなかったところから、昭和五年頃、当時三才であった妻の姪に当る原告(当事の姓は十河である。)を引取り、事実上の養子として養育してきた。ところが、軍一が大の酒好きで、酒を飲むと夫婦喧嘩が絶えず、原告の教育上好ましくないため、原告が小学校三年のとき当時大阪にいた実母が原告を引取り、養育していたが、原告は、女学校二年のとき軍一より広島に帰ってくるようにいわれて、女学校を中退して広島に帰り、当時、広島市鍛治屋町で熔接業をしていた軍一夫婦と再び一緒に暮らすようになった。その後、昭和二〇年八月に投下された原爆で軍一の妻は、死亡し、軍一は、負傷して本家のある山県郡千代田町壬生に避難してきた(原告は、一足先に同所に疎開していた)。終戦後間もなく、軍一は、原告を連れて帰広し、同市江波に居住し、同市十日市の工場で熔接業を営み、原告は、軍一の身の回りの世話をするほか、軍一の仕事を手伝っていた。軍一は、昭和二六年本件(二)不動産(土地)を買い入れ、その地上に工場と居宅(本件(一)不動産)を建築し、その頃、吉国熔材工業有限会社を設立して右工場で熔接業を営むようになった。軍一は、昭和二九年五月二五日被告和子と挙式のうえ、右居宅において同棲し、結婚生活に入った。ところが、軍一と同居していた原告と被告和子の折合いが悪く、原告は、居づらくなって結婚後間もなく千代田町壬生の実母の許に身を寄せた。軍一は、被告和子が養女同然にしていた原告を追い出したとして快く思わず、また、結婚当初から夫婦仲がしっくりせず、被告和子が夫婦喧嘩の末、昭和三〇年三月二六日に長男の被告弘芳が生れるまでに数回家出をするような状態であったために被告和子との離婚を考え、昭和二九年夏頃、親戚の上土井繁明に相談したところ、同人は、軍一に離婚を勧め、あわせて原告に対してするべきことは、きちんとしておくように軍一に忠告した。右のようなことがあって間もなく、軍一は、原告に対し「自分が死んだら本件(一)、(二)不動産は原告にやる。登記は、原告の名義にしておいてやる。」と申し向け、下田司法書士に登記手続を依頼したところ、同人の勧めで便宜売買予約による所有権移転請求権保全仮登記をすることになり、軍一は、本件(一)、(二)不動産につき原告と売買の予約をした旨の昭和二九年九月一一日付売渡予約証書を作成し、下田司法書士に依頼して右不動産につき前日付の売買予約を原因とする所有権移転請求権保全仮登記を申請する旨の登記申請書を作成し、同月二五日右不動産につき右売買予約による所有権移転請求権保全仮登記がなされた(右仮登記がなされたことは当事者間に争いがない)。軍一は、その頃右登記をしたことを原告に伝えた。

以上のとおり認められる。≪証拠判断省略≫

右認定の事実によれば、原告は、昭和二九年九月一一日軍一より本件(一)、(二)不動産の死因贈与を受けたものと認めるのが相当であり、本件仮登記は、原告と軍一間の右死因贈与による所有権移転請求権を保全するためになされたものと認められる。

二  被告らは、本件仮登記は、軍一が財産保全のため原告の名義を借りてなした仮設の登記であると主張するので按ずるに、≪証拠省略≫を総合すると、軍一は前記のとおり最初個人で、後に吉国熔材工業有限会社を設立して熔接業を営んでいたが、経営は不振で、軍一は、昭和二四年以降の所得税を滞納していたほか、相当多額の債務を負っていたこと、右有限会社は、昭和二八年頃事実上倒産したため、その後、軍一は、原告の名義を用いて(すなわち、事業主を原告として)、「十河溶材工業」の名称で溶接業を営んでいたが、経営は依然苦しかったこと、そして、昭和三〇年九月には滞納処分として工場の差押を受け、公売されたことが認められる。右認定の事実によれば、軍一が本件(一)、(二)不動産につき本件仮登記をした当時、事業が不振で負債が多く、約一年後には工場の差押を受けているのであって、本件(一)、(二)不動産についても第三者より差押を受ける恐れがあった事実は、これを窺いえないわけではないが、軍一は、本件仮登記をした当時には前記のとおり原告の名義で溶接業を営んでおり、負債が多かったのであるから、原告名義で仮登記をすることが差押を免れるため有効な手段であったといえるかは疑問であり、右の如き事実があったからといってそれのみで本件仮登記が仮装の登記であると認めるには足りない。

また、被告和子は、「軍一より本件仮登記は、財産を守るための登記であると聞いている。」と供述しているが、明確を欠き、右供述だけではもちろん、右供述に右認定事実を併せ考慮しても、末だ本件仮登記が被告らが主張する如く仮装登記であると認めるに足りない。他に、被告らの右主張事実を認めるに足る証拠はない。

三、被告らは、本件仮登記の抹消登記は、原告の承諾をえてなしたものであると主張し、被告和子はこれに副う供述をしているけれども、≪証拠省略≫によれば、原告は、軍一が昭和四三年一月二〇日に死亡した後に登記簿を回覧し、始めて本件仮登記の抹消登記がなされていることを知ったのであり、それ以前には右抹消登記がなされたことを知らなかったことが認められるのであって、右事実及び≪証拠省略≫に照らし、被告和子の右供述は、措信し難く、他に被告らの右主張事実を認めるに足る証拠はない。

四  次に、被告らは、本件死因贈与は、書面によらないものであるから、軍一の相続人である被告和子、同弘芳が本訴においてこれを取消す旨主張するが、前記認定のとおり軍一は、本件死因贈与による所有権移転請求権保全の仮登記手続をするため、売渡予約証書を作成し、下田司法書士に依頼して売買予約を原因とする登記申請書を作成し、もって軍一において自己の財産を原告に給付する意思を文書に表示した以上、本件死因贈与をもって書面によらないものということはできない(右の如く対価あることの記載があっても、他の証拠によって書面の給付を約したことが認めえられる限り、なお書面による贈与というに妨げない)から、被告らの右主張は採用しない。

五  さらに、被告らは、本件死因贈与後の軍一の行為により本件死因贈与は、取消された旨主張するので検討する。

死因贈与については、遺贈に関する規定が準用され(民法五五四条)、贈与者は、受贈者に対する意思表示によって何時でも死因贈与の取消をすることができるし(同法一〇二二条)、死因贈与と贈与後の生前処分その他の法律行為と抵触する場合抵触する範囲において死因贈与を取消したものとみなされる(同法一〇二三条二項)のである。

これを本件についてみるに、≪証拠省略≫によると、軍一は、昭和三三年九月本件(一)、(二)不動産に抵当権を設定して銀行より措入れをする必要が生じたため、経理事務を担当していた妻の被告和子は、軍一に命ぜられて同人が所持していた原告の実印を使用して本件仮登記の抹消登記手続をしたこと、そして軍一は、昭和四〇年四月二八日本件(一)、(二)不動産につき被告会社と相互銀行取引契約の根抵当権設定契約(元本極度額二〇〇万円)を締結し、同日右設定登記をなした(右設定登記がなされたことは当事者間に争いがない。)ほか、訴外株式会社広島相互銀行、同商工組合中央金庫に対しても本件(一)、(二)不動産上に(根)抵当権を設定したことが認められる。右認定を左右するに足る証拠はない。

右認定の事実によれば、軍一は本件死因贈与後に本件(一)、(二)不動産上に(根)抵当権を設定したのであるから、本件死因贈与は、これと抵触する範囲において取消されたものとみなされ、結局、本件死因贈与は、(根)抵当権付の不動産の死因贈与として有効ということになる。

被告らは、軍一が本件仮登記の抹消登記をし、本件(一)、(二)不動産上に抵当権を設定したことによって本件死因贈与が全面的に取消されたかのように主張するが、本件仮登記を抹消したことによって軍一が原告に対して死因贈与の取消の意思表示をしたものということはできないし、本件(一)、(二)不動産上に抵当権が設定されたことによって本件死因贈与が取消されたものとみなされるのは、右設定処分と抵触する範囲に限られるから、被告らの右主張は採用できない。

六  以上によれば、本件死因贈与は、軍一の死亡によりその効力を生じ、原告ほ被告会社の前記根抵当権付きの本件(一)、(二)不動産(換地処分後は本件(一)、(三)不動産)の所有権を取得したものというべきである。しかして、軍一が本件(一)、(二)不動産につきなした本件仮登記の抹消登記は、原告不知の間に不法になされた無効な登記といわなければならないから、軍一の相続人である被告和子、同弘芳は本件(一)、(三)不動産につき原告に対し右抹消登記の回復登記手続をなし、かつ本件仮登記に基く本登記手続をなすべき義務があるものというべきである。

そして、本件(一)、(二)不動産(換地処分後は、本件(一)、(三)不動産)につき原告主張のとおり被告会社を根抵当権者とする根抵当権設定登記がなされていることは前記のとおり当事者間に争いがなく、被告会社は、原告が右抹消回復登記及び仮登記に基く本登記手続をするにつき登記上利害の関係をする第三者と認められるから、原告が前記抹消回復登記手続をするにつきこれを承諾する義務がある。しかし、被告会社は、前記のとおり本件死因贈与後に軍一との根抵当権設定契約に基いて右設定登記をなしたものであって、本件死因贈与は、右根抵当権付きの不動産の贈与としての効力を有するに過ぎず、原告は、本件仮登記の対抗力を被告会社に対して主張することはできないから、被告会社は、原告が本件仮登記に基く本登記手続をするについてこれを承諾すべき義務はないものといわなければならない。

七  よって、原告の被告和子、同弘芳に対する本件仮登記の抹消登記の回復登記手続請求及び右仮登記に基く本登記手続請求並びに被告会社に対する抹消回復登記手続をすることについての承諾請求は、いずれも理由があるので認容し、被告会社に対する本件仮登記に基く本登記手続をすることについての承諾請求は、理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 高升五十雄)

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